2006年の6月初旬、1つの荷物が私に送られて来た。
「なんだろう?」
同封されている手紙を読むと、約20年前に起きた水中洞窟の事故に関する資料とビデオだった。
送ってくれたのは、同じ団体の先輩インストラクター:S氏。
そういえば2006年2月のダイフェスで初めてお会いした時に、昔の事故の資料を送ると言っていた。
私はこのことをすっかり忘れていたのだ。
事故とは2人のプロカメラマンが撮影の為に水中洞窟に進入し、2人とも帰らぬ人となってしまった事である。
しかし詳細は非常に興味深く恐ろしい。
いきさつはS氏の友人であるA氏が、ある村で出会った美しい池から始まる・・・・・
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ある日A氏はドライブがてらに1つの村に立ち寄る。
そこには美しい池があり、水は限りなく透き通り、神秘的な装いをしていた。
A氏は村長をたずね、池の事を詳しく聞くことにした。
村長によると池の底には穴(洞窟)が有り、そこから澄んだ湧き水が出て来るらしい。
A氏はダイバー心(冒険心)をくすぐられ、村長に水中写真を目的に池に潜りたいと相談する。
しかし池は環境庁の管轄内にあり、潜水には環境庁の許可が必要だった。
A氏は村長に連絡先を伝え、その時は仕方なくそこを立ち去った。
後日、村長から「潜水許可が下りた」との連絡が入る。
そして、「ついでに池の中にある水中洞窟が、どんなものか見てきて欲しい」とA氏に頼んできた。
A氏はガイドロープやライトなどの準備を整え、再び池へと出向いて行く。
A氏は池に着くとさっそく潜水を開始した。
洞窟の入り口はすぐに見つかり、A氏は洞窟への進入を開始する。
入り口は狭くてもろく
進入して、しばらくすると洞窟の空間が少し広がり、A氏は【ファーストステージ】と名づけた。
さらにまた狭くなる洞窟を進むと、また少し空間が広がり、
ここを【セカンドステージ】と名づける。
【セカンドステージ】から再び進むとまた空間が広がり、ここを【サードステージ】。
そして【サードステージ】から先は幾つもの穴が枝分かれしていた。
A氏が一番大き目の穴に向った時、ガイドロープは終わりを告げA氏はやむなく引き返す。
この時距離にして入り口から50m。
洞窟全体はもろく、下からは泥が舞い上がり、上からは泥が落ちてくる。
すぐに視界を無くしてしまう状態だ。
ともかくA氏はこの日に数回潜り、測量などをかねた潜水を無事に終えている。
その行動力と、洞窟潜水に対する判断力には感心するものがあった。
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一週間後、未知なる洞窟に導かれるようにA氏は再び準備を整えて池に向かっていく。
目的はもちろん【サードステージ】から先への侵入だった。
A氏は洞窟に侵入すると一気に【サードステージ】まで進み、そこから幾つも枝分かれしている穴のうち、大きな穴を選んでさらに突き進んだ。
穴は1本道、迷わせることなくA氏を奥へと導いていく。
しばらくするとガイドロープは終わりを告げ、携帯したロープの長さから進入距離が約100mに達したことをA氏は知る。
A氏はガイドロープ無しで進むことが、いかに危険かを熟知していた。
しかし、「洞窟は一本道、迷うことはない。大丈夫だ!行くんだ!」。
冒険心がA氏をかりたて、彼はロープ無しで突き進んでいくことを決心する。
A氏は洞窟が曲がるたびに方位を記録し、所々に印を付けながら進んでいった。
A氏の感覚で【サードステージ】から60mほど進んだ時、目の前の穴の形状が縦長のふっくらした形に変化した。
A氏がそれに向かって進むと、目の前に広々とした水の空間が出現する。
A氏はその場に釘づけになり、ライトを四方八方に向けてみた。
しかし照らされるものは近くの天井と壁だけ。
果てしなく澄んだ水にもかかわらず、その先を照らしてもライトの光は巨大な暗黒に吸い込まれていく。
とてつもなく巨大な水の空間。
そう現在のケーバー達が言う【パワーケーブ】の発見である。
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驚きと興奮がA氏を包みこみ、
同時にこれより先に進むことが危険すぎることも理解できた。
「引き返そう」。
そう思った瞬間、ガイドロープ無しで進んで来た現実が後悔と恐怖へと変わる。
「本当に1本道だったのか?もし違っていたら・・・」
A氏は暗黒の世界を後悔と恐怖に包まれながらも、無事に帰還する。
A氏はこの時見た【パワーケーブ】を次のように述べている。
「私がこの巨大湖の豊かな水空間を見たのはこれが最初で最後となった。しかし、その光景は私の脳裏に深々と刻印され、網膜にもしっかり灼きつけられ、以来永い歳月が過ぎた今でも、忘れることはない。いや、今後何年経っても、忘却することはないだろう。」
私はここまで資料を読んで、その穴がいかに危険度の高い洞窟であるかを理解した。
それなのに、この洞窟が私の気持ちを引き寄せる。
二つの思いが胸の中でからみながら
「もうこれ以上読むな!読んではいけない!読めば行きたくなる」と、もう1人の自分が叫んでいる。
私は怖くなって、これ以上資料を読むことをやめにした。
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机の上に無造作に置いてある資料を時より横目で見ながら、
それから3週間くらい経っただろうか?
結局私は再び資料を読み始めてしまった・・・・・・・
A氏の潜水から一年後。
A氏のもとにテレビ局から連絡が入る。
A氏の潜った池を取材するため、A氏にガイド役を頼みたいと言ってきた。
どうやら村の村長からA氏のことを聞いたらしい。
A氏はガイドを引き受け、信頼のおける友人S氏にもサポート役として声をかけた。
そう、資料とビデオを私に送ってくれたS氏である。
撮影は洞窟の内の【セカンドステージ】までを無事に終えて終了している。
危険の高い洞窟なのでA氏の判断で【セカンドステージ】までの撮影でとどめたのだろう。
現に初めて潜ったS氏もこの洞窟の恐ろしさを感じ、
A氏が洞窟の奥へと侵入したことを「正気のさたではない」と述べている。
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後日、2人のもとにテレビ局から編集前のビデオが送られてきた。
2人はさっそく映像を見ることにし、ビデオをデッキに入れると
画面には洞窟内の映像が流れ始めた。
しかし・・・・しばらくすると突然見たことのない男の顔が現れ、
そして画像が乱れた・・・・
2人は驚き、お互いに顔を見合わせた。
それから何度も同じところを確認するが
やはり男の顔が映っているらしい。
2人は気持ち悪くなりながらも、とりあえず映像を先に進めていくことにした。
画像は男の顔が映った場所から他の場所に向くと正常にもどった。
それから何事も無かったように洞窟内の映像が続く。
しかし、しばらくして再び同じ場所にカメラが戻って来た時、
また男の顔が突然現れ、そして画像が乱れた。
と、資料には書かれている。
私は怖くなり読むのをやめた。
席を立ち、机の上に置いてある資料と一緒に送られてきたビデオを見た。
「これがそのビデオだ・・・」
同時にもう1人の自分が
「これ以上資料は読むな、ましてやビデオは絶対見てはいけない!」と強く叫んでいる。
「なぜ20年近くも経って、私のもとにこのビデオが送られてくる運命になったのか?」
「これは偶然なのか、それとも霊的な何かが私をこの洞窟へと導いているのだろうか?」
根拠の無い思いと恐怖が込み上げる。
私は再び資料を読むことをやめにした。
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資料を読まないことを硬く誓いながらも
頭の中では資料とビデオが気になる日々が続いた。
そして1ヶ月が過ぎ、欲望を押さえきれず
「ビデオは絶対に見ない。資料だけは最後まで読もう」と心に決めて
再び資料を読み始めた・・・・・・
ビデオの映像は後日放映されたと書かれている。
もちろん編集されて。
番組では地質学的ことがらの一部として洞窟の映像が紹介され、
内容的には「評判がよい番組となった」と書かれている。
その放映から約1年・・・・・・
いよいよ話は本題に入ってくる。
そう、その洞窟で2人の水中カメラマンが死んだことだ。
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2人が洞窟に入ったいきさつはわからないが
たぶん放映された映像を見て
水中カメラマンとしての心が沸き立ち
そして洞窟に導かれていったのかもしれない。
捜索では
1人の遺体はすぐに発見されたが、
残りの1人が連日の捜索にもかかわらず見つからない。
A氏はこのことを新聞で知り、とても気にかけていた。
そしてある日・・・・・
A氏が眠りについた時、部屋の隅に1人の男が現れる。
現れた男はA氏に向かって
「私を迎えに来てください。連れに来てください」と語りかけた。
A氏は「君は誰なんだ?」と声をかけようとした瞬間に目が覚め
気がつくと全身が汗でびっしょりになっていた。
A氏はその男が洞窟で未だに発見されていない人ではないか?
やはり洞窟内を知っている私が行くべきではないか?
そう自問自答していた時、
A氏の家の電話が突然鳴った。
電話を取ると、池の村の村長だった。
「事故の事は知っていますか?捜索が行き詰っています。来てもらえませんか?」と。
かくしてA氏は再び洞窟へと導かれていく。
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現場に着いたA氏はさっそく捜索隊に加わることになった。
捜索隊を仕切っていたのは潜水経験のない警察官。
現場は捜索よりも責任問題にならない事を第一に考える
日本にありがちなシチュエーションだった。
したがって加わったA氏が捜索方法に対して不満と疑問を抱くのは当然だったし、
実際、A氏の意見は殆ど却下され、むだな時間だけが過ぎていった。
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捜索から9日目。
ようやくA氏の意見が取り入られることになる。
はっきり言えばA氏の提案に、いつまでも成果の上がらない捜索隊の誰もが
反論できない状態だったからとも言える。
これにより、A氏自らによる洞窟内の捜索が行われることになった。
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再び洞窟に侵入するA氏。
「そもそも自分がこの洞窟を訪れなければ・・・・・・・・」
そんな複雑な思いを抱きつつ
洞窟内を慎重に、丁寧に探しながらA氏は奥へと進んで行った。
【ファーストステージ】から【セカンドステージ】
そして【サードステージ】へと・・・・・・・・
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しかし残念ながら【サードステージ】でもカメラマンを発見することはできなかった。
A氏はあきらめ、帰ろうと思った瞬間
【サードステージ】から【巨大湖】へと通じる穴の奥に黒い影を見つける。
A氏はハッとし、その影にゆっくりと近づいて行った。
そばにより
横たわる影を見た時
A氏はしばらく呆然とする。
そう、夢でA氏に会いに来た彼だった。
A氏は感動に似た感情が混みあがり
そして
心でささやいた。
「やっぱり、あなただったんですね・・・・・・」
「ようやく会えましたね」
「迎えにきましたよ」。
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「見ることのできないビデオ」
ここまで読んでくださってありがとうござます。
発見されたカメラマンY氏の遺体はA氏によって無事にあげられ、
そして池はその後潜水禁止となり、洞窟は閉ざされました。
資料を読み終えた後、色々なものが込みあがり
こうして書くことにも時間が必要でした。
捜索には9日間もかかり
たずさわった方々の中には迷惑になったと思っている方もいるかもしれません。
事故を起こしたY氏のことを非難や批判する人もいるかもしれません。
でも
死を迎えるまでのY氏のことを考えると
暗く狭く、何も見えない洞窟の中で
出口がわからず
確実に死が近づいてくる・・・・
死を迎えるまで
どんなに恐ろしかったか。
どんなに洞窟に入ったことを後悔したか。
そして
このまま死んでいくことが
どんなに悲しかったか・・・・・・
胸が痛みます。
けれど
「こんな所は閉めてしまえ。今後は誰も入れさせるな。」
そうなることにも
むなしさを感じます。
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「見てみたい、行ってみたい、知ってみたい」
私にその気持ちがある限り
私も死なない自信はありません。
もし死んだなら
なぜ死んだのか、どんなトラブルがあったのか、どんなミスがあったのか、どんな危険があったのか・・・・
解明して下さい。
そして
なぜ私がそこに行ったのかも。
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私自身、ほんらい霊的なものは信じてはいません。
いえ
霊的なものに心が囚われ、行動が左右されることが嫌いな私にとって
できれば信じたくないのが本音です。
しかし水中の世界と出会ってから
様々な体験と不思議な経験や話を耳にし
今となっては無視することができない自分もいます。
もし亡くなったY氏を愛する者がいたのなら・・・・・・
暗い洞窟で、1人眠っているY氏のことをどう思うでしょうか?
きっと、体だけでも
暗く、誰も居ない洞窟から出してあげたいと願うでしょう。
冷たくなった体でも、もう一度触れたいと願うでしょう。
そんな事を思うと・・・・・・
亡くなったY氏がA氏に「洞窟から出して欲しい」と会いに行ったのは
自分の為ではなく
自分が残していった
愛する人の為に
悲しんでいる人の為に
せめて体だけでも渡して欲しいとの
切なる願いだったのかもしれません。
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結局ビデオは今だに見てはいません。
この洞窟にあえて私が足を運ぶこともしないでしょう。
なぜ20年近く経って私の手元に来たのか?
私がその洞窟に行くかは
つきなみな言葉かもしれませんが
運命に任せます。
もし、これを読んだ誰かが
その洞窟に行くなら
それも運命かもしれません。
でも
誰であっても
どうであっても
A氏が洞窟深部で1度だけ見たという「巨大湖」=「パワーケーブ」を
いつか誰かが再び見て、
そして
洞窟で亡くなったY氏と
もう1人のカメラマンのためにも。
洞窟を伝えたA氏のためにも。
かならず無事に帰ってきてほしいと
私は願います。
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