ASDI STORY


 



【一本のライン】






2011年5月


北海道の中標津空港についた。


空は薄曇、周りに建物はなく、人もいない。


空港近くにあるレンタカー屋で車を借りた。


知床は鹿が多く、よく道路に飛び出して来るらしい。


避けようとして無理にハンドルを切ると大事故になる。


無理して避けずに、ぶつかったら連絡してくれと言われた。



ここから知床半島の宿泊地まで車で1時間半。


国道272号線から335号線に入り、しばらくすると海が見える。


国後島も見える。


国後島は想像以上に近くに見える。


泳いで行けそうなくらい近い。



今回の仕事は、知床半島で水深60mまでの撮影。


すでに撮影隊は現地で数日間撮影をしている。


潜水器材にはリブリーザーを使用し、呼吸ガスにはヘリウムガスも使用する。


私は潜水器材のメンテナンス、緊急時のレスキューなどの安全管理を担当する。


すでに、同じ任務を担当していた田中氏との交代だった。



宿に着き、みんなと合流した。


引継ぎの為に、交代する田中氏から現状を聞く。


「とにかく水温が低いから・・・・・」。


田中氏からの引継ぎが終わり、田中氏は私が乗って来た車で帰って行った。


残ったメンバーは撮影担当3名、陸上サポート2名、私を入れて計6名となる。



夕方、6名で「知床ダイビング企画」に向かった。


「知床ダイビング企画」の代表の関さんは水中写真家でもあり、現地で我々の全面的なバックアップをしてくれてる。


「知床ダイビング企画」の建物は2階建てで、1階は広いガレージとなっていた。


今回使用している潜水器材などは、1階に置いてあった。


2階にある事務所で明日の打ち合わせを行い、その後は1階で器材の準備をし、この日は終了した。


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翌日、2016年5月16日


朝から器材を車に積み込み、海に向かった。


浜辺にある小屋に器材を運び、潜水の準備にとりかかる。


天気は晴天、道中いたるところで鹿が普通に歩いていた。



水温は2℃前後、とにかく寒さ対策が必要だ。


一般的なドライスーツ用のインナーの上に、かなり厚手のインナーをさらに着用。


靴下も厚手の物を2〜3枚。


グローブも厚手の潜水寒冷地仕様を使用。


結果、着ぶくれで、潜降するにはかなりのウエイトが必要となり、さらに重いリブリーザーを背負うと、総重量は30sを超える。



本日の潜水は関氏、鈴木氏、平野氏、鷹野の合計4名。


関氏は通常の潜水器材を使用し、水深約30mまでのガイドを担当する。


残りの3名はリブリーザーを使用して、さらに水深60mまで潜水する。


鈴木氏が撮影カメラ、平野氏は撮影ライト、鷹野が安全管理を担当。


計画では、潜水時間は減圧を含め、最大でも1.5時間以内としていた。



海に入ったダイバー達に、陸上サポートから撮影機材やライト、緊急時用のタンクなど、重機材が次々と渡される。


渡された撮影機材等を、最終確認する。


私もリブリーザーや、携帯したリール、ナイフ、緊急時のフロート、緊急用のガス、緊急時用の水中スクーターなどを点検する。


最終チェックが完了し、11時38分、潜水が開始された。


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潜水直後、水深5mで鈴木氏から「リブリーザーのマニュアル酸素インフレーターがおかしい?」と言って来た。


鷹野が数回テストした結果、正しく作動するので、鷹野の判断により潜水を継続した。


その後は問題なく、関氏のガイドのもと、予定通り水深30mに到達。


その時、関氏がタマゴを抱えた「テカギイカ」を発見する。


鈴木氏と平野氏が撮影を開始。


関氏は3名を残し、予定通り先に帰還した。


撮影は約10分程度行われ、この時点で潜水時間は40分を経過。


続いて3名にて、被写体を求め水深60mに向かって再び潜降を開始した。


先頭は撮影を担当する鈴木氏と平野氏、その後をラインを引きながら鷹野が続いた。


水深60mに到達。


潜水時間は約50分を経過。


暗く透視度は約10m。


しばらく被写体を探すが、真っ暗な砂地しか見れず、しだいに冷水にて手の感覚が鈍くなりはじめていた。


水温と、減圧必要時間を考慮に入れ、鷹野が鈴木氏と平野氏に帰還を指示し、3名にて戻り始める。


鈴木氏、平野氏が先行し、その後ろから鷹野が続く。


水深24m、1回目の減圧停止を行い、続いて2回目の減圧地点:水深21mに到達。


さらに、ゆっくりとした海底の傾斜を上りながら、減圧停止を続けて行く。



水深約15mにさしかかった時、前を行く鈴木氏がドライスーツの排気ミスを犯してしまう。


※鈴木氏は潜水に関してベテランであった。しかし、今回大量に着込んだインナーにより、ドライスーツ内の空間層が増え、今までの感覚とちがった浮力変化によって、ガス排気が遅れた。


これにより鈴木氏の体が浮きはじめる。


大きな撮影機材を持っていた鈴木氏は、片手で機材を持ちながら、とっさに目の前にあった大きな岩を手でつかんだ。


しかし、足はそのまま浮いて行き、アッと言う間に鈴木氏は逆立ちの状態に陥ってしまう。


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すぐに平野氏が鈴木氏の撮影機材を受け取り、鷹野が上った鈴木氏の足を下げ様とした。


排気バルブが肩にある為、鈴木氏の足を下げないと、余分なガスを排気できなかった。


しかし、逆立ちにより、ドライスーツ内のガスが全て足に流れ、鈴木氏の足は大量のガスにより膨らみ、足の浮力が強すぎて、足を下げる事に困難をきたした。


さらに足に溜まったガスにより、ドライスーツの足部分が過剰な浮力により引っ張られ、鈴木氏の片方の足からフィンが抜け落ちた。


この状況によって取れたフィンは、もう水中では元に戻せない事を鷹野は知っていた。


すなわち鈴木氏はもう両足では泳げなくなった。


このままではマズイ。



しかし、どうしても足を下げられない。


鷹野は鈴木氏の手を岩から離させ、2人で吹き上がりながら、鈴木氏の体勢を変え、足を下にし、肩口にある排気バルブからガスを抜くことも考えた。


しかしリブリーザーの呼吸袋が膨張する浮力も考えると、現状で岩から手を離したら、逆さのまま、水面まで加速しながら、ロケットの様に打ち上ってしまうだろう。


この時、ダイコン(計器)を見ると必要減圧時間は20分も残っていた。


リブリーザーを使用したうえでの減圧時間、すなわち加速減圧で20分が必要だった・・・・・・。


水面まで吹き上がった場合、すばやく潜降できなければ、2人とも重篤な減圧症に罹患するだろう。


この状態で鈴木氏はすばやく潜降できるだろうか?


それどころか、鈴木氏は両足で泳げない、潜降そのものができないかもしれない?


もしそうなったら、どうする?


沖合に浮いた私達を、陸上サポートは気づくだろうか?


無理だ、遠すぎる。


かりに気づいたとしても、すぐには何もできない。


冷水により、思うように動かない今の私の手では、水面に上がった鈴木氏を、再び水中に力強く引っ張る自信がない。


素早く潜降できなければ、体の内部で気泡が湧き出す。


最後は冷たい知床の海上で、もだえ苦しむ。


もし鈴木氏が潜れない場合、私は鈴木氏を見捨てるかもしれない。


それは絶対に嫌だ。


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鷹野は石を探した。


近くにあった、大きい石をつかんで、石の重みで鈴木氏の足を下げようとした。


しかし、鷹野の手は冷え、指をうまく動かすことが出来ず、いつものように石を持つことがどうしても出来ない。


石を持っては、石を落とす事を繰り返した。


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その間、岩をつかむ手が、離れてしまえばどうなるか?それは鈴木氏もわかっていた。


必至で岩をつかむ鈴木氏の息は荒くなり、鈴木氏は叫びはじめる。


「ドライスーツに穴をあけて、ガスを抜いてくれ!」と。


たしかに、穴を空ければガスが抜け、吹き上がりはなくなり、減圧症は回避できる。


しかし、穴を空ければ水温2℃の冷水が体に流れ込み、今度は低体温症による死がまっていた。


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さらに、少しでも浮力を下げたい鈴木氏の思いが、カウンターラングのガスを、無意識に鼻から排出していた。


これにより鈴木氏の、リブリーザー希釈ガスが無くなってしまった。


呼吸に違和感を感じた鈴木氏は片手で自分の緊急用ガスをつかみ、口からリブリーザーのマウスピースを外し、とっさに緊急用のガスを咥えた。


鈴木氏のリブリーザーのガスを確認すると、ディレントガスは無くなっており、酸素ガスは残っている状態だった。


逆さになりながら必死に岩をつかみ、叫び続ける鈴木氏の呼吸は激しく、とうとう緊急用のガスも無くなってしまった。


恐怖心は頂点となり、鈴木氏がさらに叫ぶ。


すぐさま平野氏が自分の緊急用ガスをくわえさせた。


平野氏は、この状況では自分の緊急用ガスもなくなり、いずれ鈴木氏は呼吸できなくなることが解っていた。


平野氏は自分の緊急用ガスが無くなる前に、鈴木氏のリブリーザー内部の酸素分圧表示が1.4を表示している事を確認すると、それを鈴木氏に見せて、鈴木氏に再びリブリーザーで呼吸させた。


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再びリブリーザーで呼吸する鈴木氏。


しかし、鈴木氏の手が限界に達した。


鈴木氏の手が岩から剥がれた。


その瞬間、鈴木氏は、逆さのまま、水面に向かって打ち上った。


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岩から約1.5m。


打ち上ったはすの、鈴木氏の体が、突然、止まる。


鈴木氏ははじめ、何が起きたか理解できなかった。


見ると細いライン(ヒモ)が、真っ直ぐ岩に向かい、鈴木氏と岩が結ばれていた。


平野氏が鈴木氏に対応している間に、鷹野が携帯していたラインを使い、鈴木氏と岩を結んでいた。



とりあえず、吹き上がりは回避できた。


しかし、鈴木氏は逆さ状態のままだった。


そして、結ばれた細いラインは張りつめていた。


まるで高い崖から、いつでも切れそうな細いヒモで、宙づりになっている様な状況だった。


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ラインの太さは2ミリほど。


すぐに切れるかもしれなかった。


鈴木氏は静かになり、自ら恐る恐るラインを力強く引きよせ、再び岩をつかもうとした。


しかし、少しでもラインが揺れると、岩にラインが擦れ、切れそうだった。


それを感じた鈴木氏はラインを引き寄せることを止めた。


今は、この一本の細いラインが切れない事を祈るしかなかった。


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ダイコンを見ると、残りの減圧必要時間は12分を表示していた。


しかし、ラインが切れてしまえば、全てが終わる。


後がない事に変わりはなかった。



鷹野は鈴木氏のドライスーツを切る覚悟を決めた。


鷹野は、ナイフを取ろうとした。


しかし、ナイフが有るはずの場所に手を当てるが、何も感じない?


指の感覚は完全に麻痺していた。


どうしても取れずに、平野氏に取ってもらった。


鷹野は、岸までの距離や低体温症に耐えられる時間を考えた。



減圧必要時間が残り8分になった時、鷹野が鈴木氏のドライスーツの足部分にナイフを刺した。


鈴木氏の足からガスが抜けた。


鈴木氏の体は沈み、着低した。


ようやく鈴木氏は水面まで吹き上がる恐怖から解放された。


同時に、足から水温2℃の冷水が流れ込み、鈴木氏の体を包みはじめた。


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鷹野が鈴木氏と岩を結んだラインを切断する。


冷水に浸され、さらに片足しか使えない鈴木氏。


鈴木氏の二の腕をつかむ鷹野。


両手にカメラとライトを持った平野氏。


3人は帰る為に、再び水中を進みはじめた。


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しばらく進むと、水深が浅くなるにしたがい、鈴木氏の浮力が増す傾向を感じた。


鈴木氏の肩の排気バルブを押すが、もう排出できるガスはなかった。


鷹野がつかんでいる鈴木氏の腕は、すでに寒さで激しく震えていた。


鷹野はこれ以上進むことを止めた。


鷹野は、ここで鈴木氏の限界まで減圧停止を行い、場合によっては減圧停止を無視して、水中スクーターで岸まで搬送すると決めた。


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激しく震えながら、寒さに耐える鈴木氏・・・・


鈴木氏の腕をつかみながら、何度も「頑張れ!あきらめるな!」と、叫んだ。


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徐々に、鈴木氏の震えが弱くなり始める。


鈴木氏の目の表情からも意識が薄くなるのを感じた。


もう限界だと思った。


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平野氏に先に行くと伝えた。


鷹野のベルト後部にあるリングに鈴木氏の手を握らせ、水中スクーターのスイッチを入れた。


鈴木氏を連れ、水中を岸に向かい水中スクーターを走らせた。


鈴木氏の重みと、浮力がリングから伝わる。


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スクーターの力で、吹き上がりも押さえる事ができた。


リングから重みが無くなる時。


鈴木氏がリングから手を離す時は、鈴木氏の意識がなくなった時である。


最後まで手を離さないでくれと祈った。


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水深5mを通過し、岸が近づいて来た。


残り、少しでも減圧症を回避するため、水深5mからはジグザグに進みながら、最後はスクーターで岸に乗りあげた。


潜水時間は2時間を経過していた。


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岸では、予定を過ぎても帰って来ない私達を、南部氏、川原氏、関氏、奥村氏、吉川氏の5名が心配して待っていた。



鷹野が水面から上半身を起こすと、奥村氏が気が付いてくれた。


「大丈夫ですか!?」私に奥村氏がかけよって来る。


「鈴木さんがヤバイ! 全身水没している!」鷹野が叫んだ。


鈴木氏は水面で倒れたままで、動かなかった。


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すぐに岸に居た皆によって、鈴木氏は岸に引き上げられ、救急車が呼ばれた。


関氏の指示により、鈴木氏のドライスーツと衣類は脱がされ、太陽で温まった岸にある石が鈴木氏の肌に当てられた。


すぐに救急車がやって来た。


南部氏が付き添い、鈴木氏は病院に搬送された。


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事故の後、鈴木氏のドライスーツ、リブリーザーともに器材の欠陥は見当たらず、正常に作動をしていたことを確認した。


結果、事故の原因を簡単に言えば、ウエイトが少なかった事、ドライスーツの排気が遅れた事、が原因だったと思われる。


しかし、低水温から体を保護するため、多くのインナーや靴下を履いたことによって、通常よりもガス体積が増し、足にも大量のガスが溜まりやすくなる危険性があることを、安全管理者として事前に理解し、注意しておく必要があった。


そして、環境に対する肉体を確認しながら、潜水時間や水深、減圧時間の限界など、肉体的にも精神的にも余裕のある計画を決めて行くべきであった。


気合や根性で、冷水環境に耐えても、トラブルが起きた時、まともに動かない指はレスキューダイバーとして最悪であり、最低であった。


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さいごに
 
幸いにも、病院に運ばれた鈴木氏は、その後に回復し、減圧症などの症状もないとの診断を受け、無事に帰って来ることができた。


あれから5年、鈴木氏から毎年送っていただく年賀ハガキには、鈴木氏と岩を結んだ「ラインの切れ端を、今でも持っています」と、書かれている。