ASDI STORY



フロリダの水中洞窟入口にある看板
 
「貴方が死なない為に、ここから先に行ってはいけない」




【出口の無い死の恐怖】

西暦2001年の冬、沖縄の久米島沖で発見された海底洞窟「ヒデンチガマ」と初めて出会った私は心を動かされ、3ヶ月後にはケーブダイビングの技術と、そして経験を積むことを目的に、1人でアメリカ フロリダ州にあるレイクシティと言う場所に向って行った。

アメリカで飛行機を乗り継ぎ、日本を出てから23時間後にフロリダにあるジャクソンビル空港に到着。ここから車で2時間かけ、ようやくレイクシティ郊外にある滞在先のモーテルに着いた。

さすがに疲れた。荷物を広げ、シャワーを浴び、寝た。

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私が付いた場所には見渡す限りビルは無く、隣接する家もない。とてものどかな風景の下には数多くの水脈=水中ケーブが多数存在し、世界中からは私と同様にケーブダイビングを求めてダイバーが訪れて来る場所だ。

ケーブダイビングでは過去に多くの命が奪われていた。ここフロリダでも第二次大戦後、スキューバ・ダイビングのスポーツ人口が増えることに比例して事故も増え、ピーク時では1年間に300人以上のダイバーがケーブダイビングで命を落としたと私は聞いていた。

命を落とす主な原因は洞窟の迷路に入り込み、出口が解らなくなり、出口にたどり着けづに呼吸ガスが無くなる事である。また、岩などに器材が当たり、呼吸器材が壊れたりするケースなど、ケーブの中では様々な危険が待っているからだ。

日本なら直ぐにケーブダイビングを禁止にし、穴の入口も塞ぐだろうが、アメリカでは危険をどう対処すれば良いかを教える。よってアメリカでは調査の為にケーブダイビングを行っていたプロフェッショナル機関が、一般ダイバーも指導&訓練する為の団体を設立し、その訓練を受け、一定の技術を習得した者にはライセンス証が発行されていた。

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訓練は大変だったが、とにかく景色が美しかった。美しい森や公園の中を進むと、とても透き通った川や湖が現れる。その美しい水を見ていると、ダイバーなら誰でも潜ってみたくなるだろう。

潜って水中に穴があれば、覗いて見たくなる。覗いて見て、美しい水が穴の奥へと続いていれば、ついつい穴の中に入って、奥の世界を見たくなるのが人間の心理である。

そうして、過去に帰った来れなくなったダイバーが数多くいたことも、ここに来て、とても理解できた。

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私は日本で基礎的な訓練を受けからフロリダに渡った。フロリダの教官はラマーハリスと言う方が私の教官だった。ヒゲを生し、日本人から見ればチョット小太り気味な体格。訓練は私とラマーの2人だけで進められた。


はじめは慣れない英語と環境、そして訓練への緊張感が頭に重くのしかかっていた。しかし、日が経つにつれ、次第に体も慣れ、訓練のコツもつかんで来ると、少し余裕が出始め、楽しさを感じている自分がいた。

 トレーニング開始から5日目、ケーブの恐怖が待っていた・・・・・・・。


 
 デコボコ道をジープに乗せられ、昨日潜った場所にやって来た。ここは、今までの美しい風景とは違い、ボウフラが沸いている様な汚い池が、ケーブの入口となっている。
 
 ケーブの入口は比較的広いが、穴はしだいにせまくなり、所々体をこすりながらでないと進めない。このためイヤでもシルト(泥)が舞い上がる。穴はどこまで進んでも汚く、まるでエイリアンの住家に進入して行くみたいだ。

 まだ調査中らしく、このケーブの中に張ってあるラインには、帰る方向を示すアローが1つも付いていなかった。そのため、いくつも枝分かれしているラインを進で行くと、自分の方向感覚と帰るルートの記憶が乱される。

 ジープから器材を取り出し、さっそくラマーと2人でエントリーを開始した。予定では昨日と同じルートを進むはずだったが、穴はどんどんせまくなり、水深も深くなってきた。明らかに昨日と違うルートである・・・・おかしい?と思い始めた。

 すでに吸っているナイトロックスの限界水深も超えはじめ、残りのガスも引き返す量に近づいている。それに先頭のラマーの動きに落ち付きがない。とにかくこれ以上、奥に進入することに危険を感じる。

 さらにまた穴が2つに分かれていた。ラマーが「待ってろ!」とサインを出して、右と左の穴を確認して引き返してきた。「解らない、帰ろう!」ラマーがあせった様子でサインを出す。

 ケーブダイバーのルールで、帰りは私が先頭になる。残りのガスも、あまり余裕がない。「落ちつけ」と自分に言い聞かせながら、自分の記憶を頼りに、慎重にラインを選びながら出口を目指す。

 しばらくするとフィンで泥をかき上げながら、ラマーが自分を追い抜かして行く。かなりあせっている様子だ。

 緊張は高まり、自分も必至になってラマーに付いて行く。するとラインが枝分かれし、前方に2つの穴が見える。自分の記憶では左が出口に向かう穴のはずである。しかし前方を行くラマーは右の穴に消えて行ってしまった・・・・・。

 突然、恐怖が体を包んだ。自分を信じて左に行くべきか?ラマーを追って右に行くべきか?・・・・右の穴を選んだ。

 進入して行くと、先に行ったラマーの姿はもう見えない。穴は極端にせまくなった。天井と床と左右、岩とダイバーの隙間はなくなり、先に行ったラマーの後なので、イヤでも泥が舞い上がっている。視界不良を覚悟で進む。

 すぐになにも見えなくなった。完全に視界不良だ、何度も頭をぶつけ、体が岩に挟まる。それでも体をこじらせながら、体を岩からはずし、必至で進む。もし、これが出口に向かってなかったら?今からでも一人引き返し、左の穴に進むべきでは?何度も考えた。

 心の中で迷いながらも進む。しばらくして残圧計をマスクに押し当て、ガスの量を確認した。引き返して、やりなおすだけのガスはもう無くなっていた。自分に選択できるものは何も無くなってしまった。進むしかない。

 何も見えず、何度もぶつかる。思う様に進めず、ガスは確実に減っていく。ラインは出口に向かっているのか?どれくらい先か?ガスは足りるのか?死を考えた。

 指に触れているライン、この細いヒモが自分の命を左右していると思った時、恐怖ではなく、悲しさが込み上げ、泣きたくなってきた。

 フロリダにトレーニングを受けに来たことを後悔した。こんな汚い穴で死ぬのがイヤだった。もし助かったら?トレーニングなんてやめて、日本に帰ろう。

 暗闇と悲しみの中、どれくらいの時間が経ったのだろう。しばらくすると、岩に当たらず、透視度も良くなってきた。遠くにライトの明かりが見える。ラマーだ!

 ライトでOKサインを出して向かって行く。進むほど深度も浅くなり、穴はさらに広がっていく・・・・・光が見えた、出口だ、助かったのだ。
 
 出口に置いた減圧用の酸素ガスをくわえ、静かに呼吸した。頭の中は真っ白だった。

 減圧を終え、水面に浮上した。そこは自分の生きる世界。空気、青い空、雲、風、音、森・・・・生命が満ち溢れ、美しい世界が広がっていた。

 宿に戻り、考えた。明日からのトレーニングを続けられるだろうか?この恐怖に勝てるだろうか?不安だった。

 この旅に持ちこんだ音楽を聞きながら、ベットに入り寝た。翌朝、目が覚めると気持は落ちついていた。

 朝食を終えて迎えの車に乗り込み、再び水中洞窟に向かった。気持ちは少し不安だった。しかし洞窟に侵入しても落ちついてトレーニングをこなす事ができた。

 それから数日、全ての課題を終えた私は日本に帰り、沖縄で発見された海底洞窟「ヒデンチガマ」と深く関わるようになっていく・・・・・・・。